紫翠あやめってどんな人

プロフィール

こんにちは。「思考の癖|合う環境|合う人間関係」を言語化する占い師

紫翠あやめ(@ShisuiAyame)です。

私がどんな人なのか簡単にお話します。


周りとなんか違うのかなって感じ始めた中学生時代

中学生の時、母が私に子供向けの哲学の本を買ってきたことがあります。

今思えばなんで突然買ってきたんだろう?って思いますが、当時その本を夢中で読んだことを覚えています。

高校受験の対策として、3年生の時に集団面接の練習をクラスでやることになり、

その練習の1人として選ばれみんなの前で発表することに。

『最近読んだ本で学びになった本はなんですか?』と聞かれたので、その本の話をしたら

同級生たちがクスクス笑い担任はちょっと変わってるねみたいなことを言っていたような

記憶が朧気にあります。とにかくショックだった感情だけは今でも忘れられないです。

ただ、哲学的なことや心理学的なことはこの本を読んだことをきっかけに興味を持ち始め、

漠然と将来の夢は臨床心理士になりたいと思っていました。

地元から離れて少し世界を広げた高校生時代

私が育ったところは兵庫県の田舎だったことや、同級生たちと地元の高校に行くのが

なんかすごく嫌でとにかく地元を出たいとお願いをして都会の高校に進学。

この高校に行かせてもらえたのは本当に良かったし感謝です。

とにかく同級生がなんか良い意味で変な子が多かった(笑)

特殊な学科だったからか、ちょっと個性的でもそれが普通みたいな感じだったんですよね。

私は私のままでいいんだ。いる場所や一緒に過ごす人次第で世界って変わるんだ。

こんなふうに感じれたのはとても私の中で大きな経験でした。

そんな居心地の良い高校で楽しい思い出を作っていましたが、その反面

家に帰れば親の不仲で家の居心地は悪く、自分の部屋に引きこもっていました。

この頃から私は、母の人生って幸せなんだろうかという疑問を持ち始めます。

母との衝突から学んだこと

すごい時を飛ばして私が結婚をして子供を出産した時、母と私の関係もピリピリしていました。

母は父が色んな問題を起こしてきたことや色んな要因が重なって自律神経失調症になっており、

ちょっとしたことで癇癪を起すようになっていました。

ほんとに些細なことで機嫌を悪くされるので、母を怒らせてはいけないと思う気持ちが強まった結果、

母の一挙一動に怯えすぎて自分の意見が言えなくなる(声が出せなくなる)ほど当時の状況は酷かったです。

母はこう言うと良くないのかもしれないけど、所謂昭和の母という感じで

自分のことは後回しで子供が第一な人。

そんな母だったからこそ、社会人になるまでやってこれたんだろうという感謝の気持ちもあるけど、

なんでも子供優先にする母を見ていると、何を楽しみに生きてるんだろうって思ったんですよね。

パートと家事育児の日々で趣味らしい趣味もない。

案の定、母は私に子供が生まれたら今度は孫の育児にすごく干渉するようになり、

それが今の生きがいだと言っていました。

母の近くに住み、孫を産んで、孫に会わせることが親孝行になると思っていたけど、

これって本当に幸せと言えるのかという疑問がずっと拭えない。

なにより私自身が幸せと思えなかったんですよね。

子供の時から『お母さんって自分の人生を生きてるのかな?』って思って母を見てたから、

今度は自分が母になった時に同じ人生を歩みたくいっていう気持ちもあり、

私は母から離れる選択を取ることにしたんです。

恥ずかしながら私はこの頃夫との結婚生活も上手くいかなかったため、離婚の話し合いも進んでいました。

そうして離婚が決まり、心新たに頑張る決意と共に子供を連れて今の住まいである札幌に移住をしシングルマザーをすることに。

母から離れ、最初の1年はぶつぶつ文句も言われましたが、無趣味に近かった母は今では1人で

映画を観に行ったり、ライブに行ったり(それも1人で新幹線に乗ったり)するようになって

すごく自分の人生を楽しんでいるように感じます。

会話をすれば人の悪口ばかりだった母が、悪口ではなく楽しい思い出話をするようになった。

前みたいには簡単に孫に会えなくなった寂しさや複雑な気持ちはあるだろうけど、

私は母が自分の人生を楽しめるようになった姿を見てこれで良かったと思っています。

占い師になったきっかけ

新卒で入社した会社を転職せずに長年勤めてきましたが、子供を出産し育休を取っている間に

母との関係性に悩みながら、私の人生もこれでいいんだろうかと考え始めました。

このままでは私も母と同じようになるのではという恐怖も感じていました。

とにかく私は母みたいにはなりたくないし、自分の子供には私みたいな気持ちになってほしくはない。

けど、どうすればいいか分からずただ家と職場と幼稚園を行き来するだけの時間を送っていました。

結果的には、前述したように離婚をし子供を連れ遠い土地へ移住をし、新卒で入社した会社で

子供を育てるために働き続けていました。

ですが、環境を変えただけで、根幹にあった自分の人生はこれでいいのかという疑問は

解消していなかったので、どんどんとモヤモヤが膨らんでいくんですよね。

その上、自分には向いていると思えない職種のストレスも相まって、どんどん身体に色んな症状が

出るようになりました。

誤魔化し誤魔化しやっていたけど、周りの人に明らかに症状がまずいから病院に行った方が良いと

背中を押され勇気を出して行ってみたところ、診断結果は適応障害。

子供にも『どうしたの?ママなんか変だよ?』と心配される始末。

この子供からの言葉で、休職を決意。子供のために頑張らなきゃと思って頑張ってたけど、

結果的に適応障害になって子供に心配そうな顔させてるなんてダメだと思ったんです。

この頃、もう一度自分の人生を見つめ直そうと趣味の一つくらいだった占いで

自分をとことん見てみようと思い、色んな占いサイトで自己理解を深めていました。

そうして数ある占いの中から四柱推命に出会い、自分が向いていないと感じていた職種がやっぱり

向いていなかったこと、どうして自分は哲学や心理学といったことに興味を持つのか等を知ります。

あまりにも楽しくて、夢中になって四柱推命を独学で勉強しだしたんですよね。

四柱推命の面白さを周りに語っている内に、占って欲しいという声をその時まだ占い師でもなかった

自分に言ってくれる友人達がいてざっくり20人くらいは占わせてもらいました。

お世辞だとは思うけど、占い師向いてるよ!やった方がいいよ!って言ってもらえることも多く

単純な私はそれもありか?と思うように。

実は私の命式は四柱推命の先輩占い師何人かに鑑定をしてもらったところ、お勤め人は向いていないそうです。(やっぱりなと思うと同時にこの先大丈夫かと少し絶望しました。)

そういったこともあり、新卒から働いていた会社は退職し占い師をするようになりました。

ちなみにこの時、かの有名な大殺界の年だったんで、あぁもうこれは人生の転換期だったんだなと今では思っています。

自分の人生の主語は「私」である

ここまで読んでくださった方は、シングルマザーで占い師?どうやって生活してるの?って

不思議に思うでしょうね。

有難いことに移住先で素敵なご縁に恵まれ、今は再婚相手と子供と仲良く3人で生活しております。

一般的にはパートナーが占い師になるなんて聞いたら、怪しそうだとか怖いとか

そんな不安定な仕事するなー!働けー!って言うと思うんですが、うちの夫は良き理解者です。

そして子供も私が家でいきいきとしている姿を見て、ママが幸せそうで私も幸せと言ってくれ

こんなに幸せなことはあるのかと日々噛みしめて生きている次第です。

私がそうだったように、どんな人にも等しく才能はあるんです。

それを教えてくれるのが四柱推命の命式です。

つまり、あなたが生まれた生年月日、時間であなたに向いている環境や人間関係がわかります。

また、運気の流れを把握することで、その時に最適なアクションができるようになります。

案外人って自分のこと理解しているようで理解していないんですよね。

生きている限りは色んな壁にぶつかることはあります。

その壁を呆然と見つめるだけなのか、乗り越え方を知って行動に移すかは自分次第なんです。

自分の人生の主語は「私」である、そう思い自信を持って前に進める人が増えることを願って

私はこれからもそのお手伝いができるような鑑定をしていきたいと思います。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

心優しいあなたのことが大好きです。紫翠あやめでした。

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